パフナイトdeズレトーク
「女の場作り人」麻鳥澄江 〜2005年7月2日〜
報告:イトー・ターリ
麻鳥さんの低いハスキーボイスの歌声が会場に広がってゆく。
自ら音のコンポを触って頭だし。音量調節は会場オーナーの私が近隣の苦情を心配するのをすっかり見越している。
ひゃあ〜、すごい、さすがの心使いと私は息をのむ。それが始まりであった。
●ジョジョ企画の話
「1982年からジョジョ企画を始め、1987年から女の暦を丹精込めてつくってきました。女たちの生き様や声を掘り起こし、女から女たちへ伝えるカレンダーです。写真を必ず載せているから、1850年代以降の女たちに登場してもらってきました。大変なのは調べあげて書いた文章に家族や親戚から掲載許可をとること。誰それにお世話になったからと地位のある人の名前を入れてとか、男に助けられたってことを入れてほしいとか。
そんな要望があっても、ひたすら女性を中心にすえて600字にまとめます。」……女が女に出会って、元気をもらう。うんうんとうなずく目、目、目……「日本人はカレンダーってタダでもらうものと思っていない? 女の暦をぜひ買って、友だちへのプレゼントにしてほしい。女が女のつくったものを買いささえてほしい。でないと、つぶれてしまう。続かないの。日本にも70年代にはたくさんの女のスペースがあったけれど、フリークともりもりを除いたら、あとはなくなってしまった。ひとりでやってたらだめ。複数の人でやらないと。」……スリー・ポイント、ホーキ星、ジョジョ企画と、いつも女たちとやってきた経験に裏打ちされたことばだ……
世界中にたくさんある女の本屋はほとんどレズビアンがやっているそうだ。「ボストンの女の本屋ではね、本を書いた人がレジに立って働くの。読者は作家と話をすることができるし、サインももらえる」……そうさ、女のためかと思えば勇気100倍さ……
●手作りの家を4軒建てた話
「結婚しなさい。女は結婚して男に家を建ててもらうもの」最初の家はこう言った母の強い要求に「だったら、自力で」と応えたものだという。嫁入り準備金の一部100万円をもらって家を建てることになった。自分で建てればそれほどお金はかからない。大工、水道、電気配線などは工務店でバイトをし、体で仕事を覚えた。
設計はもぐりで学校に行き、そこで引いた図面を先生の厚意で点検してもらい、お墨付きをもらってから着手する。……たくましいというか根性ものですね、こうなると……。
「2軒目の家はツーバイフォー工法にした。女が手で持ち、支えられる重さだから。
そのころから一緒に作りたいという人があつまってきて、血縁の家族でない人たちが住む、共同の家つくりになっていった」……道場のある家、音楽スタジオのある家、夢の詰まった家つくりだ。わたしはバンクーバーの「ウエスタンフロント」というアーティストスペースをなつかしく思い出した。そこにはアーティストたちの宿泊施設、ダンススタジオ、パフォーマンススペース、ギャラリー、オフィス、ビデオ編集室があり、地下や三階にあるアーティストの住まいには、共同キッチン、その奥にシャワールーム、洗濯場などがあった。この間見せてもらった麻鳥さんの建てた家には、まったく同じような雰囲気が感じられたのだった……
「中絶とレズビアンは遠い話のようですが、中絶が禁止になったりしたら、女性の選択や決心は男権社会によって抹殺されてしまい、レズビアンはもっと無いものとして扱われてしまう。女の身体の動向に注意が必要です!」……優性保護法と堕胎罪反対運動を皮切りに、女と健康国際会議に数回参加し、また性暴力に取り組んできた麻鳥さんだからこその指摘もあった……
「レズビアンは小さいときから女の人が好きだったとか、恋人がいるからレズビアンなんだというのでなく、女を信じ、女に何かを残していくこともレズビアンだと思うんです」と麻鳥さんはレズビアンを定義した。トークの最後に麻鳥さんが作詞作曲した、女クラブバンドの曲から、「女のままに」、「六月の風」を皆で聞いた。……私はエロスあってのレズビアンと思っているところが大きいなあ、でもスペース運営して女たちが気軽に集まれる空間つくりをしているのは女とのエンパワーメント、あるいは一つの愛の形に他ならないし、う〜ん、皆さんどう考えて帰ったのかな〜……
※カレンダーなど販売品などはこちらジョジョ企画から→HP
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